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キャラソンファンとして語る「アナと雪の女王」ーー自己実現をキャラソンでエンタメ化したディズニーの魔法

アナと雪の女王」の「ありのままで」をオタクな妻と絶賛します。

作品のネタバレを含みますので、未見の方にはおすすめしません。


この春最高のキャラソンだった「ありのままで」

私:もう7月も終わろうとしているところですが、そろそろ2014年4月から6月のアニソンを振り返りたいと思います。この春のアニソンといえばなんと言っても「アナと雪の女王」の「ありのままで」でしたよね。

 

妻:まさか、この春の最高のアニソンをディズニーアニメに持っていかれるとは思わなかったね。

 

私:作曲家の神前暁さんと上松範康さんを敬愛し、日本のキャラソンは人類のキャラクター文化の最先端にいると信じている我々としても、あの曲は認めざるを得なかったですね。
この春は、ボカロP出身で異次元の活躍見せているじんさんの「メカクシアクターズ」がアニメになったり、「うたの☆プリンスさまっ♪」のライブDVD第3弾が発売されるなど、アニソンファンには外せない話題の揃った3ヶ月だったと思うのですが、「アナと雪の女王」は別格でしたよね。

 

妻:まあ「アナと雪の女王」の日本公開が3月14日に公開ということなので、厳密にいうと春アニメと呼ぶべきかは微妙なところだけど、この3ヶ月間で最も話題をさらったアニメであり、アニソンであったのは間違いないしね。

 

私:「ありのままで」の素晴らしさについては、この春に様々に言い尽くされた観もありますが、私としてはキャラソンファンとして観点から「今期最高のキャラソンとしての『ありのままで』」を語ってみたいところですよ。

 

妻:そもそもミュージカル映画のあの曲をキャラソンと呼ぶのは、なんだか違和感はあるけどね。
日本のオタク的キャラクター文化から生まれたキャラソンと、ブロードウェイがあって最終的にはアンドリュー・ロイド・ウェーバーなんかが出てきちゃうアメリカのミュージカルをどう紐付けるのかっていうのは難しいテーマよね。

 

私:まあ、そこは遠大なテーマで私の手に余るところなので、ここは敢えて単純に考えてみたいと思いますよ。
声優を務めた松たか子がエルサとして歌い上げたあの曲をキャラソンと呼ばずして何だというんですか。

 

妻:まあそのレベルでいうならね。

 

私:そもそもこの作品を松たか子の歌うキャラソンとして作ったということが、あの歌にディズニーが込めた仕掛けのひとつだと思うのですが、それはまた後で触れるとして、あの曲はまさにキャラソンの素晴らしさを体現するのみならず、キャラソンの新たな可能性を示した名曲だった思いますね。
それはキャラソン・ミュージカルという枠を越えて、フィクションと現実の相互作用がもたらす文化的奇跡について語ることにつながるような気がしますよ。

 

妻:とりあえず大げさに言ってみたわね。


アナと雪の女王」とはなんだったのか

私:まずはあの歌の話に入る前に、その前提として「アナと雪の女王」とはどんな話だったのかを改めて振り返りたいと思います。

なんといっても、最後に氷になったアナを溶かすのがクリストフではなくて姉のエルサだったというのが、初見ではけっこうびっくりするオチでしたよね。

 

妻:確かにディズニーのミュージカルアニメが白馬の王子さまが迎えに来たり、純粋な乙女が呪いを解きに来てくれるラブロマンスから脱却してみせたとところにこの物語の最大のポイントよね。
私はクリストフの設定を膨らませて、実は子どもの頃に行方不明になったどこかの国の王子様でしたっていうことでハッピーエンドみたいなオチでも良かったと思うけど。


私:それだと完全にいつものパターンにじゃないですか。

まあ、そんなディズニーのお家芸であるラブロマンス的なオチを予測させながら、それ自らを裏切ってみせるという展開をやってみせた脚本は素晴らしかったと思います。
そして、そんな「ラブロマンス」を捨てたディズニーが、それに代わる主題としてあの話のメインに据えたのは「自己実現」だったんだと思うんですよ。

 

妻:まあ自己実現というとなんだか定義が難しくなってしまうけど、エルサが自分の本来の才能=魔法に目覚め、それを困難の末にコントロールできるようになって幸せになったっていうエルサ側のストーリーよね。

 

私:そうですね。「本当の自分にはすごい才能があって、それを活かすことはとても困難が伴うのだけど、がんばってそれを乗り越えると幸せが待っている」みたいなライトで美しい幻想としての自己実現ですよ。

 

妻:「本当の自分」とか言い出すと、本来はもっと厄介なテーマなんだろうけどねえ。
一歩間違うと自己啓発系のセミナーに行きたくなったり、自分探しの旅に出たくなりそうな感じだもんね。

 

私:そうですよ。この作品はそんな自己実現に伴うイタさみたいなものを絶妙に排除しているんですよね。
そのあたりをリアルに描こうとするなら、エルサは氷のお城に閉じこもって、自分の理想の王子様を魔法で作り出して、享楽に耽る展開だってありえたと思うんですけど。

 

妻:雪だるまじゃなくて、氷だけにツンデレな王子様になったオラフと愛しあったりするわけね。

 

私:あの圧倒的な魔力なら各種理想の王子様を取り揃えたハーレムものだって出来そうですしね。歴代のディズニーの王子様を取っ替え引っ替えとか。

 

妻:そんな自堕落な生活を送っていく間に、国は氷に閉ざされていくと。それで滅びそうになるアレンデール王国が気の毒すぎるけどね。

 

私:オタク文化への耽溺に継承を鳴らす別のメッセージをもった映画が出来上がりそうですよね。

 少し話がそれましたが、そんな厄介な「自己実現」を、ラブロマンスに代わる主題として、あくまでもライトで美しい幻想としてエンタメ化してみせたのが「アナと雪の女王」という映画だったのだと思うんです。

 

妻:自己実現ってそういうことでいいだっけというのが引っかかるところだけれど。
自己実現の描き方としても歪んでいるし、そもそも自己実現ってエンタメや幻想として鑑賞するようなものなの?

 

私:それこそディズニーが描いてきたラブロマンスと全く同じ構造だと思うんですよ。

ディズニーの描いてきた恋愛って非現実的に美しい幻想ですし、そんな幻想をディズニーが振りまいても、現実の世界では、王子様は馬に乗って迎えにこないし、お姫様は空から降ってこないじゃないですか。


妻:お姫様が空から降ってくるのはディズニーじゃないけどね。

 

私:幻想として美しくあればよくて、そんな幻想に自分を投影してカタルシスを得るのをエンターテインメントにしてみるのがディズニーのやり方だ思うんですよ。それをラブロマンスではなくて自己実現でやってみせたのが「アナと雪の女王」であり、その作品を成功に導いたのが「ありのままで」というキャラソンだったんではないかと思うのです。


「ありのままで」でディズニーが見せた魔法

私:それでは改めて「ありのままで」の場面をみてみたいと思います。


一緒に歌おう「アナと雪の女王」 Let It Go<歌詞付Ver.>松たか子 - YouTube

 

妻:これをYoutubeで無料公開してプロモーションに使ったのは、本当にすごかったと思うね。


私:ディズニーは思い切りましたよね。このシーンだけであの映画の価値の半分以上を占めると思いますからね。

まさにエルサが本来の自分の才能に目覚める場面なわけですが、エルサすごすぎますよね。

 

妻:城というディズニーを象徴する建築物をこの一瞬の魔法で作ってみせるという表現がすごいよね。

 

私:雪や氷の魔法という設定もCG的に美しすぎましたよね。
映像に詳しい人が見ると、あの氷に映る光の屈折の処理の凄さだけで泣けるらしいですからね。

 

妻:「自分の中に眠っている才能」をこれでもかっていうぐらい美しく描いてみせたよね。
これって普通に考えるとエルサの才能がすごいんじゃなくて、ディズニーのCG技術がすごいんだけどね

 

私:ディズニーが培ってきた世界最高のCG技術の成果ですからね。
そんな世界の技術集団が生み出した映像美を雪の女王の才能だという表現に説得力を与えているのが、この「ありのままで」という歌だと思うんですよ。

 

妻:まあ、そもそもあの歌詞が、「ありのままで」であり「レリゴー」だからね。自分の本来の才能すごいっていう全面的な自己実現賛歌よね。

 

私:歌詞だけでライトな幻想としての自己実現バンザイソングですよね。そしてあの楽曲のすばらしさですからね。

 

妻:それも冷静に考えると、作曲したロバート・ロペスとクリスティン・アンダーソン・ロペスという夫婦が起こした奇跡であって、エルサの才能とは全然関係ないんだけどね。

 

私:それがまさにキャラソンの凄さだと思うんですよね。

キャラソンというのは、フィクションであるキャラクターが歌という直観に訴える方法で自らをすごさを表現することで、フィクションと現実の境を超えていくものだと思うんですよ。

 

妻:歌の呼ぶ感動って、ストレートに響くもんね。だからこそ、声優と歌手を分けるのではなくて、声優が自ら歌ったほうが説得力があるのよね。

 

私:アナと雪の女王については、国によっては声優と歌手をわけたところもあったようですが、この作品に関しては自己実現を描くからこそキャラソンであるべきなんだと思います。

そして日本のディズニーが素晴らしかったのは、松たか子という有名でありながら、そんなに歌が上手いという印象のなかった女優さんが見事なパフォーマンスで歌い上げたことで、この場面の説得力を更に増しているんですよ。

 

妻:「松たか子ってこんなに歌がうまかったっけ」っていう驚きすら、本来の自分の才能を発揮するというレリゴー的自己実現を体現したものとして、この場面を補強してみせるわけね。

 

私:まさにその通りですね。ディズニーのCGアニメの映像美、ロペス夫妻の楽曲、松たか子のパフォーマンスのすべてが一体となって生み出したフィクションが、キャラソンという形で現実との境を越えて、ライトで美しい自己実現の幻想を圧倒的な説得力で肯定するものとして機能しているわけです。

まさにディズニーの魔法というべき、キャラソンの歴史に残るべき奇跡の楽曲だと思いますね。

 

妻:なんだかわかったようなことを言っているけど、そしたらこれは、そんな自己実現を上から目線でブログに書いて自分をレリゴーした記事なわけね。

まさにライトな幻想としての自己実現ね。

 

私:ブログを書く人にそれをいいますか……。ブログとか書いてしまう我々の世代は少なからず自己実現論に毒されているんですよ。

 

妻:ブログで承認欲求を求めているレベルの人に、自己実現とか語られてもね。

 

私:辛くなるのでそのへんで許してください。